2009/03/20

The Curious Case of Benjamin Button


ずっと観たかったデビッド・フィンチャー+ブラッド・ピットの「ベンジャミン・バトンの奇妙な人生」を観てきた。

木曜日が六本木ヴァージンでの最後の上映というので慌てて出かけたが2040時の上映時刻に間に合わず、結局24:10時からの本当の最後回で観てきた。

F.スコット・フィッツジェラルドの原作は未読だが、昔から有名な作品だったらしい。
この映画ではブラピが80歳の老人から初々しい少年までCGと特殊技術を駆使して演じているのが話題だったが、実際にはフィンチャーらしい人生の不条理、フィンチャーとしては初めてかもしれないポジティブな人生観が観られる作品だった。

老人として生まれ赤ん坊として死んでいくベンジャミン・バトンのまさに奇妙な人生と、彼の周囲の人間達の一見普通の人生が交錯していく物語が、ハリケーンカトリーヌに襲われようとしている現代のニューオーリンズで語られる。
この重層的な構造が最後のなんてことはないクライマックスを感慨深いものにしているし、おとぎ話に良い意味でのリアリティーを与えているのだと思う。

また今世紀初頭からのニューオーリンズの風景も見事に再現していた。
あの辺りの暑苦しいディープ南部な空気感、植民地風な市街地の町並み、乗ったことがあるのが自慢な由緒ある路面電車。
ロケとセットを組み合わせらしいが、行ったことのない人にも往年のニューオーリンズを体感してもらえると思う。

そして個人的にツボだったのはティルダ・スィントン。
直接の絡みはなかったが主演のケイト・ブランシェットとの変な顔した美人女優共演ということになるのでは。
少し前ならシャーロット・ランプリングの独壇場だったこの手の役柄、最近はティルダがとって代わりつつあるように思え、デレク・ジャーマン時代からのファンとしては喜ばしい限りだ。
シャーロット・ランプリングの場合は出てきた瞬間から「あぁこの人は不幸な役柄で結局どっかで死んじゃうんだよなぁ」というのが分かってしまうことが多かったが、今作でのティルダは一見その役柄を踏襲するようでいて、でも最後の方で再登場し決定的な一言を発する。

観てもらえば分かるが、それはこの映画のテーマでもあるし、真に不幸な人物が登場しないこの映画を象徴するシーンでもある。ボクはその瞬間思わず涙が出そうになった。

ちょっと奇妙だが普通の人々が精一杯の人生を謳歌する不思議な物語。カート・ヴォネガットやジョン・アーヴィングの諸作品をも思い出させるが、彼らの大先輩でもあるスコット・フィッツが原作ということで、アメリカ文学の系譜上にはこうした物語が保守王道として存在するのだろう。そしてそうした作品群の映画化作品としては最良の一本であると思う。

さて、上映終了5分前からは別スクリーンではトム・クルーズの「ワルキューレ」の先行オールナイトが上映されている。
予告編が10分とすると、こっちのエンドロールが終わったらすぐに移動しなければならない。
間に合うのか!?