2009/05/27

John Cale


歴史とは勝者による勝者のための勝者の物語である...

そこまで大袈裟ではないが、昨今のジョン・ケイル(昔流に書けばジョン・ケール)とルー・リードの扱われ方をみるとその差は明らか。
ルー・リードとて一般音楽ファンからすれば敷居が高いのだから、普通の音楽ジャーナリズムがジョン・ケイルを扱うのはさらに難しいのは分かる。
が、それにしてもジョン・ケールのアルバム入手が難しいという状況は理解しがたいものがある。

ウェールズ出身のインテリ音楽エリート(←これだけでジョークのネタになりそう)であり、ジョン・ケージなど現代音楽畑とも交流があり、ヴェルヴェッツのオリジナルメンバーであり、パティ・スミスのデビュー作などを手がけたプロデューサーでもあり、1970年以来現在に至るまでアルバムを出し続けている現役ミュージシャンでもあるジョン・ケイル。

Columbia/Reprise時代(特にリトル・フィートをバックにした"Paris 1919")も良いし、90年代以降の特にライブにおけるテンションの高さも捨て難いが、キャリアの白眉はやはり70年代のIsland時代だろう。
Islandという音楽に対し理解のあるレーベルと仲間が集うEGプロダクションという環境も良かったのかロックとは何かを体現するかのような傑作揃いである。
ただし、当時の日本の音楽ジャーナリズムでは理解できなかった部分が多かったのか日本での評価はかなり低く、それがそのまま現在の状況に繋がっているのだと思う。

個人的なフェイバリットは1974年の「Fear」(邦題は”恐れ”)。
フィル・マンザネラやイーノといったEG系のミュージシャンなどをバックに当時としてはアバンギャルドなロックを展開している。
ただし、想像するような難しい音楽でもないし、怖い内容でもない、ごく普通のロックなのだが。
アルバムは代表曲「Fear Is a Man's Best Friend」で始まる。”恐れ”こそが人間の最良の友なのだと唄われるこの曲は、パンク以前のロックの最良の部分を体現していると思う。
クリス・スペディングが入ったライブ映像を下に貼っておく。
普遍的な真実をポップ音楽のフィールドでメッセージとして送り出す方法論、淡々とした暴力性、隠そうとしても隠し切れない狂気などなど、もはや失われてしまったのかもしれないロックという表現形態を味わって欲しい。
ぶっ壊すことだけが暴力ではないし、白目をひんむくことが狂気でもないし、声高に叫ぶことがプロテストでもないということが良く判ると思う。
しかし、インテリやくざという言葉が似合う人だ。