2009/11/13

バニシング・ポイント(英国版)


あの「バニシング・ポイント(Vanishing Point)」のコレクター版が12月23日に発売される。

その発売に先駆け、”爆音試写会”が吉祥寺バウスシアターで行われたので行ってきた。
同時上映は「ダーティ・メリー、クレイジー・ラリー」。
二本立てで19時に始まり終わりは23時近いという大変な試写会(笑
まさに70年代のグラインドハウス的感覚も味わってもらおうという趣旨であろう。

さて、この映画は名画座で1回、TVで数回、DVDを買ってさらに数回は観ているほど好きな映画で、過去にはこんな思い入れたっぷりの文章なんかも書いている。全文引用してみよう。

 初めてレンタルで借りたDVDはあの名作「Vanishing Point」。B級深夜ムービーでもあるけど(笑)俺的には絶対譲れない名作。

 話は簡単で、デンバーからサンフランシスコまで36時間でダッジ・チャレンジャーを陸送するためハイウェイをぶっ飛ばすだけ。なんでサンフランシスコまでかというと、クルマの陸送が主人公の仕事だから。なんで36時間かというとそれでプッシャーとヤク代を賭けているから。36時間でフリスコに着けばドラッグをタダにしてやるぜ、着かなかったら倍返しだという賭けをついついしてしまったから。

 で、最高速250Kmは出るぜというチャレンジャーをぶっ飛ばす。コロラド警察も振り切り、ネバダ警察も一蹴し次はカリフォルニア。さてサンフランシスコに辿り着けるか!?

 何回観ても後半は心がヒリヒリするようなストーリー、映像だなぁ。客観的にみれば、単なる無法暴走イッちゃったジャンキーなんだろうけど、スーパー・ソウルという狂言回しとなるDJを絡ませることで、コワルスキー(主人公の名前)にどんどん感情移入してしまうんだよね。西部(あ、アメリカに限らずどこでもそうかも)の無法者の多くが、実情はどうであれヒーロー化されているように、コワルスキーもどんどんヒーロー化され、人々の潜在的な願望を肥大化して具現化する存在となっていくところと、あくまで個人的動機が行動原理でしかないコワルスキーの対比とかね。

 あぁ、でもコワルスキー、結局安全な人生を選んでしまった俺のもう片方の人生でもあったかもしれない存在だ。・・・と感じさせてしまうのがこの映画の凄いところなんでしょう。

 ラスト、ドラッグで恍惚となっているのか、あるいは人生の意味を悟ったのか、笑みを浮かべながらVanishing Pointに突っ込んでいくコワルスキーの表情は何を象徴しているんだろうか。とにかく絶対に忘れられない名作。その後、あのヴィーゴ・モーテンセン主演でリメイク版も作られているらしいけど、そっちはどうなんでしょうね。

 あ、あとこの映画にはデラニー&ボニー&フレンズが出演しております。TV版ではカットされたりよく判らなかったりしたんだけど、作中で強烈なゴスペルを聴かせてくれてます。今まで気がつかなかったんだけど、リタ・クーリッジも初々しい姿で歌ってますね。別のシーンだけど、デビッド・ゲイツもピアノを弾いているぞ。こういうところは劇場で観るよりDVDの方が重宝だなぁ。


というワケで、もうバニシング・ポイントは知っているという前提で。

まず、今日上映されたのは、英国で公開されたバージョン。
そして、ボクたちが知っているバニシング・ポイントは米国バージョン。

時系列でいうと、この映画はまず英国で公開されヒット。
その後アメリカの観客向けに判りやすく編集されたものの、米国では大コケ。ただし日本で公開された米国バージョンはそれなりにヒットしたらしい(ボクはリアルタイムには観てない)。

米国版と英国版の大きな相違は、米国版では日付と時刻のテロップが入る代わりに、英国版にあったシャーロット・ランプリングの登場シーンがカットされている。

それにしても。
今夜この英国版を初めて観てのけ反ってしまった。
一部ネタバレになるが書いてしまう。
基本的なストーリーは同じであるが、映画の意味が英国版と米国版では全く異なってしまう!

米国版でのコワルスキーは自身の存在を、彼なりの意味をもって消失させるのだが、英国版ではそれが別の理由になっている。
具体的にはシャーロット・ランプリングの存在をどう解釈するかなのだが。

英国の観客向けには様々な解釈が可能な物語として見せたが、米国人にはもっとシンプルにコワルスキーのニヒリズムを見せようとしたのだろうか。
当時の英国と米国の時代の雰囲気の違いなのか、観客の違いなのか、とにかく英国でのバニシング・ポイントはこういう映画だったのだ!

今回発売されるコレクターズ版には見慣れた米国版と共に英国版も収録されているので、まず米国版を、その後に英国版を観て欲しい。今まで知っているバニシング・ポイントと全く異なるバニシング・ポイントが観られる。といっても時間でいえばほんの数分の違いしかないのだが、そのシーンひとつでここまで違う映画になってしまうとは。