2010/03/24

How to make スティーブ・ジョブズ紙人形


スティーブ・ジョブズ紙人形が話題になっていた。
別にボクはジョブズ信者というほどではないのだが、面白そうなので作ってみた。

用意するものは、
・型紙(Flickrからダウンロードできる)
・カラープリンターと厚紙。
・ハサミとカッター
・定規(なくてもOK)



まず型紙。
Flickrのjayhaufさんのデータを使う。
具体的にはこの写真
オリジナルサイズのデータをダウンロードする。

これをカラープリンターで印刷する。
今回ボクが使ったのはEPSONのインクジェットプリンター。
用紙は A4サイズの厚紙。写真印刷用の光沢紙を使うのがよいと思う。

ちなみに、A4サイズに型紙を印刷して組み立てたところ、出来上がったジョブズ紙人形の高さは約11cmになった。

こんな感じできれいに印刷できる。

全部で6ピース。
・頭部
・胴体
・足
・右腕
・左腕
・iPhone(笑)


これをハサミとカッターでキレイに切り抜く。
まぁ失敗しても印刷し直せばいい話なので気楽に。

特に難しいこともない。
気を付けるところいえば、凹状に切り込む部分と差込口のサイズくらいか。
差込口は大きすぎたり広すぎたりしないよう気をつけること。

パーツごとに切取り終わったら組み立て。
基本的に印刷面を山側にして折って行けば自然に組み立て終わると思う。
糊も接着剤も不要。

頭部を組み立て、次に胴体を組み立て頭部に差し込む。
足を組み立て胴体に差し込む。
左腕を組み立て胴体に差し込む。
右腕を組み立て胴体に差し込みiPhoneを持たせる。
これで一丁上がり。

黒のタートルネックにジーンズという、いつものスタイルも見事に再現したスティーブ・ジョブズ紙人形の完成である。

とりあえず机の上のアクセサリーとして。

これが、Mac OS 9までの時代だったら、Macがクラッシュする毎にこの紙人形を投げつけて憂さを晴らすことができたんだろうが・・・OS Xの時代はそもそもクラッシュしないしなぁw

2010/03/22

Alex Chilton, Dennis Wilson and Charles Manson

SXSWでのBig Starに関するパネルディスカッションでボクが知らなかった話が出てきた。
このパネルディスカッションはWall Street Journalのロック/ポップ部門担当記者である Jim Fusilli (wsjrock@twitter)が要所をtweetしていたので、以下彼のtweetを引用する。

"Beach Boys' Brother label was interested in Chilton's 1st solo album, but didn't buy."

ビーチ・ボーイズのブラザー・レーベルがチルトンの1stソロ(「1970」だね)に興味を持っていたけど結局契約には至らなかった。
という話。
結局この「1970」は発売するレコード会社が決まらず、そのまま長くお蔵入りしてしまうのだが。


当時、アレックス・チルトンとビーチ・ボーイズは一緒にツアーをしたりしていたので、たぶんその流れでの話ではあると思う。


そう言われて考えてみると、ビーチ・ボーイズ側はチルトンのこのアルバムからビーチ・ボーイズと同質の、アメリカの暗部を感じたのかなぁという気もする。

どちらもポップス畑での知名度はあるが、片やカリフォルニアの暗部を、片やディープサウスの暗部をそれぞれ感じさせる音楽を作り上げている訳であるし。


そして、ビーチ・ボーイズとの関係はチルトンにとってもう一つの、あまり語りたくない思い出を作ってしまう。

これも Jim Fusilli (wsjrock@twitter)のtweetを引用すると

"thru Dennis Wilson, Alex met Charles Manson, who sent him to buy groceries."

アレックス・チルトンは(ビーチ・ボーイズの)デニス・ウィルソンを通じてチャールズ・マンソンと知り合い、マンソンに酒を買いに行かされた...


恥ずかしながらまったく知らなかった、そんな出来事があったとは。
パネルディスカッションでその話が出る場面がこれ。(facebookの埋込ビデオなので、FBユーザでないと見えないかもしれません)
あまり笑う場面ではないと思うが。

ネット上を検索しても、その話はほとんど見つからなかった。
まず初出と思われるのが、英国の雑誌社 The Idler によるAlex Chiltonとのインタビュー。
Conversations: Alex Chilton
この中で、
IDLER: I read that you spent time with Denis Wilson in the company of Charles Manson. What was that like?

CHILTON: I really couldn’t tell you. In the three days or so that he and I occupied the same environment I hardly got to know him. He didn’t strike me as deeply dangerous, probably because I got to know him only slightly.
とチラッと語られている。

さらに探したら決定版と思われるものがあった。
ニューヨーク・タイムズなどにも寄稿する音楽ライターのニール・ストラウスがチルトンにインタビューした際に、オフレコとしていた部分を、チルトンの死後になってから自身のブログで公開していた ( "ALEX CHILTON, R.I.P." )。

まず、マンソンとの出会い。
A mutual friend said to ask you about the time you were staying with Dennis Wilson [of the Beach Boys] and met Charles Manson.
Chilton: Well I was staying at Dennis’s house and Charlie came after I had been there a few days and stayed too.
マリブの丘の上のデニス・ウィルソンの邸宅に数日滞在していたところにマンソン一味がやってきたらしい。

そして
I guess I’m curious.
Chilton: One time I was going to the grocery, and one of his girls got wind of that. And so she brought me a big, long shopping list of things that they wanted me to get—and no money to get it with. So I said, “Well, it’s alright.” It being the 60’s and California, I thought I could spring for some groceries. So this is out in Malibu, and we were staying up on the hillside looking down over the ocean. So I had to go all the way down the hill to the Pacific Coast Highway on foot and then carry all these groceries back up the hill. So that was kind of tough and when I got back, some of the girls like met me in the driveway before I ever got to the house. And they looked at the grocery bag and they said, “Well, you forgot the milk.” And I said, “Aw gee, I’m really sorry I forgot the milk. Too bad.”

Right.
Chilton: So they went on in the house and I sort of ambled on behind them. And by the time I got to the front door, they were standing in the doorway, blocking the door . And they said “Charlie says go get the milk.” (laughs)

So what did you do?
Chilton: I don’t know exactly what I said, but I think I said I wasn’t gonna go down to the bottom of the hill and bring the milk back up the hill.



ある時、酒屋に行こうとしてたら膨大な買い物リストを渡され、ついでに買って来いと。
丘を下って買いに行き、ひぃひぃ言いながら丘の上まで戻ったら、牛乳が足りねぇぞ! と言われたけど買い足しに行くのは断った。
というエピソードが語られている。

このエピソードがあったからか判らないが、チルトンのマンソンに対する印象は良くない感じ。
当時20歳になるかならないかのチルトンだから、マンソン達からすればいいようにあしらえる小僧みたいな感覚だったのだろうか。

それにしても、ボクの個人的に思い入れのあるデニス・ウィルソンとアレックス・チルトンがこのような形で関係があり、どちらにとっても忘れたい思い出でであろうチャールズ・マンソンが出てくるとは。

なんというか、世の因縁みたいなものを感じさせられる一件である。

2010/03/21

Alex Chilton 記事のまとめ


3月17日にAlex Chiltonが亡くなったという報せには本当にビックリした。

Big Starなんてバンドは1980年頃までは知らなかったし、Alex ChiltonとChris Bellという二人の中心人物についても同様。

’80年代初頭にAlex Chiltonの”Like Flies On Sherbert"のAura盤を買っているので、その頃にはBig StarもChiltonも存在を把握していたハズだが、これはきちんと向かい合わなければならないと思ったのは、やはり This Mortal Coilが"It'll End In Tears"でカバーしてからだ。
(ここでハッキリさせておきたいけど、Teenage Funclubなどのグラスゴー勢やREMなどによる再評価はずっと後だと思う。TMCというかIvoによる再発見が先だ)

それと”ギター・ポップの元祖のアレックス・チルトン”的な紹介のされ方にも疑問があって、もちろん元祖の一人には違いないが、それだけに留まらないサイケデリックだったりアシッドフォークだったりする、いわばダークな面を忘れてはいけない。
それだけ幅の広い音楽を、パーソナルな体験やめちゃくちゃな私生活をベースに演っていたから多くのミュージシャンがリスペクトしカルト的人気を得ていたのだと思うのだが。



ちょうどSXSW(South by South West)でのコンサート直前の死ということもあり、英米メディアには彼の死を悼む記事が溢れかえっている。
その記事の多さはちょっと日本では考えられないほどだが、人気の広さや影響力の大きさを鑑みれば当然だろう。
日本の商業メディアでまともなアレックス・チルトン追悼記事が書かれるとは思えないので、英米の追悼記事へのリンクをまとめてみた。

"Memphis music loses ‘Big Star’ — singer, songwriter Alex Chilton dies at 59"
メンフィスの地元紙による第一報

Alex Chilton, Rock Musician, Dies
それをソースとするNew York Timesの記事

Alex Chilton of Big Star Dead at 59
spinnerの記事

Why Alex Chilton should have been a big star
サンフランシスコ・クロニクルの追悼記事

Congressman Cohen Commemorates the Life of Alex Chilton
米連邦議会で追悼演説を行うテネシー州選出のコーエン下院議員

Alex Chilton's death is felt in Memphis -- and on Capitol Hill
それを伝えるワシントン・ポスト紙

"A Couple Alex Chilton Songs"
Blogメディア GAWKERの記事



"SXSW panel: ‘I Never Travel Far Without a Little Big Star’"
SXSW: Thank you, friend
SXSWで行われたBig Starメンバーを含むパネルディスカッション

Alex Chilton: Friends, bandmates remember the late Big Star singer at SXSW panel
パネルディスカッションを報じるEntertainment Weeklyの記事

Beyond the Box Tops”
元ReplacementsのPaul WesterbergがNew York Timesに寄稿した追悼記事

BIG STAR LEGEND ALEX CHILTON DEAD AT 59
"ALEX CHILTON TRIBUTE SET FOR SOUTH BY SOUTH WEST"
Uncutの記事

"Alex Chilton - A Cult Hero Remembered"
New Musical Expressの追悼記事

Big Star Singer and Cult Icon Alex Chilton Dead at 59
Rolling Stoneの記事

Music world, friends, fans pay tribute to Memphis legend Alex Chilton
メンフィスの地元紙の記事

モンパルナス:アレックス・チルトンとの出会い
パリ在住でAlex Chiltonと個人的親交のあった日本人女性のブログ

ボクが読んだ、気づいた記事だけだが、たぶん他にも沢山あると思う。
見つける都度、追加していきたい。

[Update]
"SXSW 2010: Alex Chilton, Big Star tribute concert"
シカゴ・トリビューンのBig Star追悼コンサートの記事。セットリスト付き。

"Big Star’s SXSW Show Turns Into Powerful Tribute to Alex Chilton"
Rolling Stoneの追悼コンサートの記事。

Conversations: Alex Chilton
the Idlerによる1996年のインタビュー

"ALEX CHILTON, R.I.P."
音楽ライターであるニール・ストラウスによるインタビュー。生前はオフレコだった部分でチャールズ・マンソンとの関わりについて。

"SXSW Tribute Concert Celebrates Alex Chilton's Life And Work"
MTVの追悼コンサートの記事

"Music Legend Alex Chilton Dies at Age 59"
SPINの追悼記事

Star-Studded Tribute to Alex Chilton and Big Star
SPINの追悼コンサートの記事

"SXSW Sat: Alex Chilton/Big Star Tribute"
Pitchforkの追悼コンサート記事を含むページ

"People Openly Weep At Alex Chilton Memorial Show"
NPRの追悼コンサートの記事

"The Life and Music of Alex Chilton"
Pitchfork のAlex Chilton 追悼記事

RIP Alex Chilton, American Music Man
ロサンゼルスタイムズ紙の追悼記事

"Friends, disciples pay tribute to Alex Chilton at South by Southwest"
地元紙Commercial Appealの記事

"Big Star's Alex Chilton Tribute"
個人ブログによる紹介

Word's from Alex Chilton's Wife” from YouTube
追悼コンサートでスピーチするLaura Chilton(Alexの奥さん)

"McGee on music: Big Star's Alex Chilton was a guiding light"
ガーディアンに掲載されたAlan McGee(元Creationレーベル主宰)による追悼記事

Thank You, Friend: Musicians Remember Alex Chilton
MAGNETが影響を受けたミュージシャンたちからコメントを集めた。
マシュー・スィート、トミー・キーンなど

SXSW Report: Star Time
同じくMAGNETによる追悼コンサートのレビュー

Power Pop: Big Star, All The Way From Memphis
Big Starのキャリアを総括したMAGNETの2002年の記事

"Alex Chilton: 1975-1981"
Crawdaddyの記事(2009年11月)。大作! Alex Chiltonを知りたりければこれ。

"Alex Chilton memorial event set for Tuesday"
3月30日のメモリアルイベントと5月15日のトリビュート・コンサートを伝えるCommercial Appealの記事

"Chilton Memorial to be Held in Memphis March 30"
3月30日のメモリアルイベントを伝えるアーデント・スタジオの公式ブログ

Big Star Interview From February 2010
2010年2月に行われたBig Starへのインタビュー(但しチルトン不在)。NPRの記事。

Fans Weep Openly At Alex Chilton Memorial Show
SXSWでのトリビュートコンサートのレビュー。妻ローラの声明文も。NPRの記事。

"Thank You Friend: Alex Chilton 1950-2010"
No Ripcordの追悼記事。

Alex Chilton's Years with the Panther Burns
Panther Burns(Alexの他にJim Dickinsonも)のドラマー Ross JohnsonがAlexの思い出を語る。

"John Hampton Remembers Alex Chilton"
Ardentスタジオのエンジニア John HamptonがAlexの思い出を語る。

"Memorial service for Alex Chilton remembers 'one of a kind'"
メモリアルイベントの様子を伝える Commercial Appealの記事。

"Big Star's Radio City"
Radio City (33 1/3)の著者のブログ。

My Big Star Tribute
Rhinoレコードスタッフのブログ。

2010/03/20

Robby Kreiger, SXSWでドアーズとWYSを語る!


現地時間で金曜日の午後、SXSWでThe Doorsのドキュメンタリー「When You're Strange (WYS)」の試写が行われ、さらにそれ合わせて元ドアーズのロビー・クリーガー出席のパネルディスカッションが行われた。

このディスカッションの内容が丸ごと、ドアーズの公式Twitterアカウントでtweetされていたのでまとめてみた。
しかし、土曜日の朝(日本時間で)、ちんたら起きてTLを眺めたらドアーズで埋め尽くされているというのは不思議な体験だ(笑

もっとも一昨日の朝から昨日にかけてはAlex Chiltonの訃報で埋め尽くされていた訳だが。
A.Chiltonについては別エントリーで書こうと思う。

では、以下に時系列でまとめたtweetを。
(上から下に古い順)

Panel starting now!

Jampol: Production and planning for WYS started in '05 - first conversations were with Dick Wolf, who is a humongous Doors fan...

Dick Wolf booked The Doors to go play @ Boston College in 1967 when "Light My Fire" and The Doors were the biggest band in the world!

He had booked the band in March, prior to the single's release, the band played in August when they were #1! Made Dick a lifelong fan.

When the Doug Weston first booked The Doors, would make bands agree to come play the Troub again 3 times at the original price...

regardless of how big they got!

When production first started for WYS, Jeff, Dick & the band had to start by combing through the vaults and transferring the avail for usage

Some of the footage included interviews with Jim's father and sister...

After combing through the footage, director Tom Dicillo was brought on to direct! He decided to use only the vintage footage...

Jampol: In 1969, Jim was feeling his artistic muse, and he wanted to explore music + poetry + film. He had written a 12 page script..

...called "The Hitchhiker" about murderers on the road - lead to the lyrics for "Riders On The Storm"...

...and of course the film became HWY, which was originally titled "Highway: An American Pastoral". Footage from HWY was in The Doors vault!

Every frame of footage from When You're Strange was shot between 1965-1971.

The original narrator at the Sundance premiere was Tom Dicillo - it was after that that Johnny Depp signed on.

Johnny didn't want to come to the soundstage, so he recorded his parts himself and sent in the narration - and it fit, perfectly.

After Bill Siddons, the original manager of The Doors saw the film, he told Robby & Jeff that they nailed it, the way it should be!

Robby: This movie is total reality - guys followed us around the country with a camera. It's hard not to like.

Jampol: We agreed at the beginning that this would be a film about The Doors, not by The Doors. Tom and Dick wanted an objective film....

...the good and the bad are in it. Bruce Botnick, who engineered The Doors albums, mixed the sound for the movie.

Did you know? Robby wrote "Touch Me", "Light My Fire", "Love Her Madly" - most of the top Doors songs were Robby Krieger songs.

Robby: Jim was the writer - he had all these great songs when i came into the group. But not enough songs...he tasked us to write songs too.

Before that, we had been filling in the gigs with covers like "Gloria."

Robby: I figured it had to be pretty heavy duty to write songs as well as Jim. Figured I'd write something about one of the 4 elements...

Robby: I always liked that song by the Stones "Play With Fire", so I figured I'd write about Fire...and include every chord I know.

Robby: If you count up the chords, there's something like 15 chords in "Light My Fire."

There are 6 chords alone in Ray's intro..that's the best way to do a song, to get everyone's input to finish the song.

If you listen to the solo from "Light My Fire"...it's the solo from John Coltrane's "My Favorite Things"! Almost note for note...

Question: How did Jim write songs? As far as I know, Jim didn't play an instrument...how did he write the music?

Robby: For the first songs we had, "Moonlight Drive", "End of the Night", "Hello I Love You", Jim would smoke this great pot...

Robby:...and he could hear a whole concert in his head. He'd sing it to us, and me and Ray would write it down.

Robby:...later, I guess he didn't have that pot anymore, so we'd write the music, and he'd add words later.

Robby:...as time went on, and Jim got drunker, we'd go to his poetry books for lyrics...that's where "Peace Frog" came from.

Question: Who's idea was it to put music to the poetry?

Robby: I hate to admit it, but it was mine...it took us about 3 months to write the music to it.

Question: Are there any plans to revisit titles like "Boot Yer Butt", and other releases?

Jampol: Yes, we are. We have a joint label w/Rhino called Bright Midnight on which we'll keep releasing these shows.

Jampol: All these live releases were actually recorded and engineered by Paul Rothschild and Bruce Botnick.

Jampol: Last week, we just released a complete remastering of ABSOLUTELY LIVE and LIVE IN NEW YORK, which were remastered by Botnick...

...all on vintage vacuum tube equipment.

Jampol: Coming up, were going to create a store where you can download all those live shows, make your own package, choose the quality...

...or have us make a disc for you. "Boot Yer Butt" will not be re-released because it was limited to 5000 copies.

We're about 6-9 months away from that store right now on The Doors website.

Question: Where were you the week of May 2 1970 when the Kent State stuff went down?

Robby: I don't remember...I remember being really pissed off about what happened at Kent State, but don't really remember details.

Question: Is there going to be a biography about you (Robby)?

Robby: I'm in the midst of writing my autobiography myself...i started writing about 1 year ago...it'll probably be finished towards Dec.

Question: What were the working titles for When You're Strange?

Jampol: Oh, there were a bunch. Our biggest concern is authenticity - this is real history we're dealing with here...

Jampol: Danny Sugerman told me before he died that there will be a reaction every time you put Jim & The Doors in front of the kids...

Jampol: So we want to make sure it's not glossed up. We just want to make sure we put music out as it was meant...

Jampol: It's always seemed like The Doors and Jim were more of a sardonic observer - not all aggro like some bands are today..

Jampol: The Doors put out what they thought, but never told you what to think. And we try to stay true to that...

Robby: This is a really good way of saying you don't remember what the other titles were.

Jampol: Well...right. But they were all dark and edgy and sexy.

Question: What is going to happen to the interview footage that wasn't used?

Jampol: It'll be bonus material on the DVD.

Jampol: We really wanted to make sure that the soundtrack to When You're Strange was special...so we brought in Bruce Botnick...

Jampol:...and went back to Johnny, and he went on his boat, at like 2 a.m., with all these candles, and read Jim's poetry.

Jampol: It's not in the movie, but it's amazing. And it's woven into the soundtrack. It's SUCH a great concept from beginning to end.

Jampol:...and we went to iTunes, and said this HAS to be album only. And that's what it'll be. It comes out April 6 everywhere.

Question: Robby, when are you releasing a solo record?

Robby: First week of June. It's called "Singularity" and features a lot of Flamenco guitar...which I haven't played in a long time...

Question: When you were first starting out, how hungry were you to be full time musicians? Was it about getting your art out?

Robby: I actually quit school at the point when we got our first real job at the Whisky and joined the musicians union.

Robby: We definitely wanted it to be a job. It was fun too, but it wasn't a lark. We thought we could be the world's biggest band.

Robby: All we have to do is convince everyone else of that...

Jampol: Apparently, it worked.

Robby: Not really, Jim always wanted us to be bigger. I wish he was here now, and could see how we finally....

Question: Was there a backlash, do you think, in the late 60s?

Robby: Oh yeah, people love to hate The Doors. The critics - they love you, then hate you, then love you again.

Question: Can you speak a little bit about the corporate structure of The Doors? How it's set up? Who owns the masters?

Jampol: There is no corporation. The Doors own all of their publishing. Elektra owns the rights to the masters. We own the name...

Jampol:...and likeness rights, and we (The Doors & management) administer rights worldwide.

Robby: We first signed to Elektra for $5000. That's what people did. But our hotshot lawyer made them give us back our publishing...

Robby: After three years, or we wouldn't sign with them again. Best buyback ever.

Question: What's your favorite Doors record?

Robby: It changes all the time, but right now, L.A. Woman.

Panel's over! Don't forget to catch the screening at the Paramount Theater at 5 p.m.!

興味深い発言がいっぱい出てきますね。
ジム・モリソンの曲作りの方法とか、Absolutely Liveのリマスターの存在とか、DVD収録予定のボーナスマテリアルとか。
それにジョニー・デップがナレーションを録音したくだりも最高。光景が目に浮かびます。

あとケント州立大学事件(オハイオ州のケント大学で反戦集会に参加した学生が州兵に射殺された事件。Neil Young/CSNYの”Ohio”はこの事件をテーマにしている)に関する質問は意味不明。
ロビーはUCLA出身だし、事件当時ドアーズがオハイオにいたかどうかも不明だし、なぜこの質問が出たのだろう?

2010/03/16

中学生は一人でiPhoneを設定できるか!?


中三の息子は明後日が中学の卒業式。
1月の時点で某大学付属の私立高校に合格を決めているので、とっくに受験勉強は終わっているのだが、携帯電話だけは他の生徒と合わせ公立高校の入試が終わるまで保留にしていた。
卒業式で友人たちと電話番号やメールアドレスを交換できるよう、余裕をもって今日iPhone 3GSを契約してきた。
(4月から遠くでひとり暮らしなので、友人関係を繋ぐための配慮くらいはしてあげようという心遣いでもある)

さて、ここから本題。
普通の中学三年生にiPhoneの設定はできるのか!?
興味があったので(笑)、iPhoneを買ってきて何をすればよいのか、どう設定すればよいのか、全く説明しないで放置、観察してみた。

まず背景説明。
使用者は男子中学三年生。
いつも使うコンピュータはMac。第一志望合格をネタに祖母にせびった15インチMacBook Pro が現在の愛機だ(それ以前は小学5年生からiBook)。
約2年前からボクのお下がりの初代iPod TouchをiPod兼サブのパソコンとして使っている。
ソフトバンクショップで設定したのは電話番号のみ。(i)メールアドレスなどは初期値のままである。

いちおう隣でいつでもヘルプできるよう待機していたのだが、結論を言うとほとんどヘルプを必要としないまま、自力で1時間半ほどかけて全て設定してしまった。

ショップでもらってきたA4の設定手順書の最初の4ページとメールの初期設定表だけを頼りに、ショップで配る設定用小冊子には目もくれず、それでも設定してしまったのには正直びっくりしてしまった。
ボクみたいなオチャラ系IT企画屋でも、いちおうドキュメントには全部目を通し内容を理解し、手順書くらいは作ってから作業するし、運用系の人ならもっと詳細な手順書を作って一つ一つ確認しながら作業するだろうに。

一般的な携帯よりスマートフォンであるiPhoneはいろいろ設定することもあるし、メールも何種類も使えるし、今日は相当手こずるだろうなと思っていたのに。
iPod touchのバックアップ、iPhoneへのリストア、iPhoneの各種設定、Gmailを含むメールサーバーの設定、Skypeその他のiPohne用アプリのインストールと設定までほとんど一直線で終わらせてしまうとは。
デジタルキッズ恐るべしである。

ボクがヘルプしたのは2点だけ。
一つは家庭内無線LANにかけているMACアドレスによるアクセス制限に新しいiPhoneを登録すること。
もう一つは(i)メールのサーバーのホスト名を教え、さらにSMS/MMSと(i)メールの使い分けを説明すること。
これなんか Q:”(i)メールの受信サーバーと送信サーバーのホスト名を教えて” − A:”imap.hoge.jpとsmtp.hoge.jpだよ”
で済んでしまったw

まぁこれほど楽勝だったのは、これまでiPod touchを使っていてiTunesとの同期やiPhoneのUIにいわば土地勘があったこと。
それとやはりiPhoneの使いやすさ。そしてソフトバンクの説明書。
後二者は、端末メーカーそれとキャリアがそれぞれの立場で売るための、使い易くするための努力をした結果なんだろうなと思う。
ソフトバンクの説明書は初期の頃のものに比べ格段に分り易くなっているし。この説明書をドコモが作ったら・・・と想像するとかなり可笑しい。たぶん厚さ数cmもあってディスクレーマーだらけのワケワカメなものになりそう(笑

ただ、でも今回のはちょっと特殊だろうなとも思う。
iPod touchを2年近く使ってきているのでiPhoneも全くの初心者ではないし、Apple的世界は5年以上体験しているし。
そうした前提を除くと、やはり普通の人がiPhoneを買ってきてここまでスラスラとは出来ないかもしれない。
設定方法は説明書を見ればだいたい判ると思うが、そもそも何をすべきか。というところでつまづくユーザが多い気もするし、さらにパソコンと連動という時点でダメと感じている人も多いだろう。

そう考えると、iPod touch をゲーム機としてティーンエージャーにバンバン売ってるAppleのやり方は将来のiPhoneユーザ育成という意味でマーケティング的にとても意味あることなんだなと納得してしまうのである。

「Dr.パルナサスの鏡」はギリアム節全開だったよ


3月14日はホワイトデー。まぁボクには関係ありませんでした。
毎月14日は東宝系映画館の料金が千円になる日。
14 = 10 + 4 = とう + フォー ≠ とうほう = 東宝

で、せっかくだし何か映画をと探したら、近くでテリー・ギリアムの(今のところの)最新作である「Dr.パルナサスの鏡」をやっていた。
1月に公開され、ギリアムファンとしては早く観なければと思っているうちにあっという間に終わってしまった映画。ここで観逃すとしばらくスクリーンで観ることができないので、万端整えて出撃。

いやぁー、ギリアム節全開!
ブラジル + バロン + フィッシャー・キング + パイソンズ!
カーニバルを周る旅芸人一座、どこか荒廃した現代都市ロンドンの光景、強烈なビジュアルイメージなどなど、いかにもギリアム的な。
観ていてクラクラするほど刺激的で、これは大スクリーンで観て本当によかった。

ストーリーは「ファウスト」
悪魔(トム・ウェイツ!)と契約し不老不死を得たパルナサス博士だが、その代償としてあるモノを差し出さなければならず・・・
展開する内容はパイソンズ的なブラックユーモアやギリアムらしい荒唐無稽なものが積み重ねられ、パルナサス博士と悪魔の知恵比べ、ヒース・レジャー他が演じるトニーと彼を追うギャングたち、パルナサスの娘ヴァレンティナと彼女を想うアントンが入り乱れ、最後のあっというラストシーン、ハッピーエンディングで思わずホロっとするエピローグまで息をつくヒマもなし。
あっという間の2時間だけど、もっとこの世界に浸っていたいと思わせるほどの映像世界。

そうだ、世界を世界たらしめる為に永遠に物語を語らなければならない僧侶たちのシーンはどこかで観たか読んだなぁ。
元ネタはチベット僧だったか。
あのシーンも含め、いろいろネタやメッセージが散りばめられていそうだけど、一回観ただけでは気が付かなかった部分も多いと思う。
とにかく映画的な情報量が多すぎて、今回は映像を堪能するので精一杯だったような気がする。
DVDになったらもう一度、いや何度も観直すことになりそうだ。

2010/03/15

映画「Soul Power」の日本公開は6月12日から!


1974年にキンシャサで行われたモハメド・アリ対ジョージ・フォアマンの対戦と並行して開催された音楽フェスティバル「Soul Power」
そのフィルムが編集され映画になり、2009年の7月に全米公開された。
観たいよ〜という記事は既に書いた
日本公開が待ちきれないのでBDを米アマゾンに注文したよ〜という記事も書いた

そのまま続きを書くのを忘れているうちに、この映画の日本公開が決まってしまった(笑


公開日は2010年6月12日から。
シネセゾン渋谷のレイトショー(時間未定)で上映される。
配給はソニーではなくてアップリンク。あちこちで単館上映されることになるのだろうが、とにかく日本できちんと日本語字幕が入って公開されるのは喜ばしい。

関係者のブログによると、アップリンクからボーナストラック付きで日本版DVDを出すらしいので、そちらにも期待したい。

さて、映画の中身だが、僕も米国版を英語字幕で観ただけなので、間違って理解している部分もあるかもしれないことをまずはじめに断っておきたい。

3日間にわたって開催されたフェスティバルを記録したフィルムは120時間以上分が残されているらしいが、この映画は90分ちょっと。
しかも、フェスティバルの裏方の部分やアリのスピーチなどが半分近くを占めている。
以前の記事でも”「アリ かけがえのない日々」を使い回しているシーンも多い”という噂を紹介したが、実際にその通りだった...

なので、演奏シーンはおそらく40〜50分程度。
JB御大が2曲演るのを除けばB.B.キングもジャズ・クルセイダースもセリア・クルーズ/ファニア・オールスターズも一組一曲だけ。
演奏シーンはどれもとても熱の入った素晴らしいものばかりなので、これはあまりに勿体無い。この演奏、テンションが続くのだったら4時間くらいの長さがあっても絶対に飽きないと思うのだが。
将来、ロングバージョンとか無編集バージョン(だだ漏れw)がリリースされるのだと思いたい。
一般客向け劇場公開版が90分でも、ファン/マニア向けに10時間分くらい入ったBoxセットとか出してもよいと思うのだが。

でも不満はその程度。
1974年。つまりソウルが「ニュー・ソウル」の時代になり、社会にも高学歴で中産階級な黒人が増えていた時代である。
ニューソウルがそうしたリスナーを主な対象にしていたことや、混乱の時代を経て建国200年を目前にした高揚感もあり、スピナーズにしろビル・ウィザースにしろ音もメッセージも極めてポジティブで希望溢れるもの。
サルサも同じような背景があるので、セリア・クルーズの自信溢れるパフォーマンスを見れる。
行き過ぎちゃってディスコになる直前の、ソウル、サルサの絶頂期を楽しめる幸せな映画ではある。

ともあれ、待ちきれずにBDやDVDを買ってしまった人も大画面、大音響で観直したい、観てない人は映画館に駆けつけるべき映画である。

2010/03/14

ガイ・リッチーの「シャーロック・ホームズ」


ガイ・リッチーの新作「シャーロック・ホームズ」を観てきました。
タイトルがタイトル、しかもハリウッドのビッグバジェットな映画といういつもならスルーするタイプの映画だけど、やはりガイ・リッチーは気になる。
どこまでガイ・リッチーらしさが出せるか!? という辺りが見所ではないかと観てきました(笑

しかし空いてたなぁ(笑
ロバート・ダウニーJr + ジュード・ロウが主役では、それだけでB級感が漂うじゃないですか。この二人を目当てに深夜の映画館に行く女の子は普通いないよねぇ。
シャーロック・ホームズとはいえ子供を連れて行くような映画でもないし、ガイ・リッチーという名に惹かれた一部映画好きが頼りか!?

映像はお金がいっぱいあるガイ・リッチーというイメージそのまんま。
例のああなって、こうなって、だからこうなんだよという饒舌なカット割りがいっぱい。さらに新趣向なども用意されていて、いやいや堪能できました。
19世紀末のロンドンの雰囲気も出てたと思うし。というか、19世紀のロンドンは映画でしか知らないので、これまで映画で散々描かれてきたあのイメージ(最近ではティム・バートンの「スィーニー・トッド」)という意味ですが。

ストーリーは黒魔術を使う悪の秘密結社による世界征服を阻む物語。
科学が発達する近代社会に対するアンチテーゼとしての超自然的な文化。科学至上主義でいびつな発展を遂げようとするアメリカに対する恐怖と嫌悪。
そんなものが裏のメッセージとして隠されているような・・・たぶん違うな(笑

黒魔術が出てくるのでオカルトティックな物語が展開されるんだけど、世界征服の野望とかその方法がちょっとスケール的に小さいかも(笑
でも最近はケロロ軍曹で鍛えてあるのでそこら辺は違和感ないかも。
それより、この秘密結社は古い英国ロックファンにとってはお馴染みのゴールデン・ドーンだよね!?
コナン・ドイルだから英国心霊協会かというとそうじゃなくて黒魔術だもんね。
そしてその黒魔術はエジプト系だから(時代がほんの少し違うけど)アレイスター・クローリーだよね!?
そこら辺の小ネタというか背景になるネタはさすがに英国人たるガイ・リッチーで嬉しくなってしまいましたね。

それとシャーロック・ホームズというのはあくまでフォーマットを借りるための方便なので、シャーロッキアンの方があちこちチェックするようなものではないですね。
でもホームズ・シリーズに登場する人物(の一部)は出てくるし、ホームズの部屋の描写、ホームズの人物像もさほど違和感ないので(というか部屋の描写は納得)、小説のホームズを愛読していた人ならすんなりホームズの物語として入り込めると思います。

あ、それと専門用語がやたら出てくるの!
黒魔術なので化学系用語が頻出するのだけどあの翻訳は正しいのか?
センター試験の化学でマイナス点を取った自分としては全く判断できません。 まぁ雰囲気さえ合ってれば適当でいいのかもしれないけど(笑

というワケで、ガイ・リッチー節が楽しめるエンターテイメント映画。
アバターと同じような感じで、必見とまでは言わないけど、普通に充分楽しい映画。

ちなみにこの映画、シリーズ物になるハズです。
最後の最後でホームズの好敵手であるあの人物の登場が予言されますからね。続かなかったら逆にみんな怒ると思います。

2010/03/13

AC/DC "Black Ice"ツアー 日本レグの初日行ってきた。


一日経ってやっと落ち着きました。
昨日、2010年3月12日、AC/DCのBlack Iceワールドツアーの日本レグ初日、行って参りました。
80年代の日本ツアーも、前回の来日時も見逃していたので、もう今回を見逃してしまうと一生悔いが残るなぁと思っていたのですが、無事AC/DC体験をすることができました。

AC/DCのライブ映像は玉石混交でいろいろあるけど、現時点でのベストはおそらく1991年ドニントンでのライブ。しっかりこれで予習して、ライブ当日もオフになってからiPodでAC/DCを聴きまくってテンション上げていざ会場へ!

実は大宮で用事があったので少し早めに京浜東北に乗り大宮へ。思ったよりあっさり用事が済んだので歩いてさいたまスーパーアリーナへ。大宮駅から歩いて10分くらいでしたね。
この会場は始めてなんだけど、予想以上にデカイ。でもそのデカイ会場を半周するグッズを求める人の列!
開場1時間前だというのなんなんだこの混雑は(笑

それにしても、これまでの日本のロック事情からすれば、AC/DCが日本で数万人規模の会場を満員にするなんて、感慨もひとしおですね。
ストーンズやディランみたいなルーズなノリのロックや、AC/DCやフォガットみたいなブギーロックンロールなバンド、Macやデッドみたいなある種のカルチャーを引きずっているバンドは、本国やアメリカでどれだけ売れても日本ではマニアにしか受けないというのが定説でしたからね。
ストーンズでさえ日本でのレコードセールスは良くて10万枚という時代が長かったワケで。


それが今回のAC/DC。ハードロックなキッズ達は当然として、長年ロックを聴き続けてきたオッサン達も大挙して駆けつけていて、日本のロック文化が成熟してなぁと感じましたね。
ストーンズやディランとかはお勉強としてロックを聞くような人がライブに来るけど、そういう類の人はAC/DCはうるさくて聞けないからライブには来ないし(笑
この日のライブに来ているオッサンはきっと子供の頃からのハードロック少年のハズ。そしてロックの王道を30年も歩いているAC/DCを聴いている、本物のロックファンのハズ。日本の将来も明るいなぁ・・

と感慨にふけりつつ開演を待つ。

えっと、具体的な内容については書きません。まだコンサートが2回残っているし、だいたい中身はドニントンのライブを観てもらえば判るし。
また昔、関心空間に書いたAC/DCの記事を読んでもらってもいいかも。

とにかく、ロック/ロックンロールとはこういうものだという姿を具体的に観ることができた夜だったと。
キーボードなし、ドラム、ベース、リズムギター、リードギター、ボーカルだけ。
しかし、判ってはいても、あのアンガス兄弟はすごいなあ。
マルコム・ヤングの煽りまくるリフ、アンガスとのコンビネーション。もう美しすぎる。
ギタリストって、極論すればポール・コゾフとウィルコ・ジョンソンさえいればOKなんだけど、そのウィルコ・ジョンソンがバンドに二人いるようなもんだもんな。

実は年齢的な部分で多少の不安はあったのはたしかなんだけど、結論を言えば全く問題ナシ。
アンガスの右・右・左・左と踏むステップ(簡単そうにみえて真似できない)、ダックウォーク、ジャンプして決める曲のエンディング、寝転がってのプレイ、どれもAC/DCそのもの。最後まで演り続けました。


これはライブが終わって客電が点き始めた館内。
地獄の鐘、巨大ダッチワイフ、大砲といったお約束のギミックに加え、今回はアリーナ中央付近まで延びる花道も特長。これがどう使われるか、行って観てもらうしかないですね。

それにしても、シンプルで骨太なロック。余計な音は一切なし。
この手のバンドは21世紀の今になっても世界中に文字通り5万と存在しているだろうけど、その中でも別格。これほどの存在感とクオリティーをもって、しかも30年以上にわたってブギー&ロックンロールを鳴らし続けるAC/DC。まさに人類の宝としか言いようがない。とにかく素晴らしかった。

これはワールドツアーのオーストラリア・レグ、2月のブリスベーン公演のセットリスト。

これから行く人のために、あえてセットリストは書きません。

でもどうしてもセットリストを知りたい人はこの画像をどうぞ。
3月12日は同じ内容でしたから。

基本的には新曲を含んだオールタイムヒット。まぁAC/DCのライブはいつもそうですが。

2010/03/06

ホンダ CR-Z に試乗してきたよ


ホンダCR-Z に試乗してきました。
プライベートで日本車に試乗するのは初めてかも(笑
ちゃんとしたFF車を運転するのは205GTI以来だから10年ぶりくらい、ちゃんとしたホンダ車を運転するのもシビックSi 以来だから20年ぶりくらい。
要するに最近のこの辺りのクルマは詳しくないので変なところに驚いているのかもしれない。

さて、雨上がりの土曜日の夕方ということでディーラーから指定されたコースは半分以上渋滞中。こっそり遠回りしてみたけど、それでも単に乗ってみただけな試乗でした。残念。

相手をしてくれたディーラーの店長曰く
・スポーツカー・・・じゃないんですよね
・全国的には若年層にも人気があるけど、地方では古くからのホンダおじさんに人気
・そういう人がみんな試乗したくて店に来てくれている感じ
・すいません、試乗車はAT(CVT)しか用意してません

えっと、最後のセリフが秀逸(笑
MTの試乗車がなくてすいませんとは。ボクの前後にも試乗の順番待ちの人がいたので、入れ替わり立ち代り「試乗させてください、MTで!」というお客さんが連なってるんでしょうねぇ。

そんな話をしているうちに順番が来たので試乗。


ディーラから国道に出て最初の信号で停るまではノーマルモードで。
普通にタルいホンダらしいAT。アイドリングストップするんだけど、停止/再起動のショックが大きいのが意外。こういうのって、普通のドライバーは相当気にすると思うけど・・そういう人はターゲット外だからいいのか。

以降はずっとスポーツモードで。
スポーツモードにするとレブカウンター内のライトが赤色になる!
エコモードは緑、ノーマルモードは青。分かりやすい。

パドルシフトは初めて(実はTipすらまともに乗ったことがない)だったけどこれは意外とあっさりマスター。
Tipみたいに勝手にシフトアップするようなこともなく、リミットに当たるまでホールドするのが凄いね(もしかしたらオーバーレブすると燃料カットするのかもしれないけど怖くて試せなかった)。

以後は最低回転数3000rpmをキープしながら1〜3速の範囲内で走りまわってみました。
・エンジンは回るけどCVTのせいか速度とのリニア感に欠ける。楽しく走るにはMT必須。
・モーターアシストはほとんど意識しないけど、唐突にパワーが出る場合があるみたい(再現しなかった)
・左足ブレーキを使っても問題なかった
・やっぱ美味しい(=デンジャラス)のは4000rpm以上だね。その割にリミットが低い...
・車体の剛性感はそれなり。昔のシビックとかと比べちゃいけないけど比べ物にならない
・接地感がお尻で感じられるのは見事。普通のシートなんだけどね。

普通の道路を普通に走っただけなのでこの程度の感想しかないのが情けないが、ポテンシャルは充分感じられるということだろうか。
唯一気になったのが、モーターアシストがもしかしたら全域でリニアに出ていないのかもという点。
つり下げ式の軽いアクセルで操作には気を遣っていたつもりなので、同じアクセル開度で反応が違うのはちょっと困る。というか状況によっては危ない。

それにしても、一箇所だけあった高速レフトハンダーを抜けるところは気持ちよかったなぁ。


ボンネットを開けてパワーユニットを見る。

ここで店長曰く
”ボンネットを開けるお客様が多いですね”
ははは(笑

意外とスペースに余裕があるように見えたが、ここに水平対抗4気筒を入れれば・・・といらぬ妄想を。それじゃアルファスッドだ。

バッテリー(駆動用ではない)が小容量だったのが意外。
梅雨時の雨の夜中に、ヘッドライトを点けてエアコン入れてワイパーを動かしながら信号待ちで右ウィンカーを出ししつつカーステレオでAC/DCを大音量で聴いたらどうなるのか?
昔の6Vビートルみたいな心配をしてしまったけど、でっかいバッテリーを別に後ろにも積んでいるから平気だよね。

冗談はさておき、エアコンを入れた状態ではアイドリングストップ機能はオフになるんですね。初めて知ったけど。

ということで、普通にこれ良いクルマなんですけど。
スポーツカーかどうかというと宗教論争になっちゃうのでおいといて、単に実用的な道具としてのクルマと同時に、そこに趣味性を求めるのであれば検討するに足る個性、実力の持ち主だと思います。

でもAT限定免許の人はともかく、MTが運転できる免許あるならMTで決まりだろうなぁ。そっちの試乗はまた今度。

2010/03/03

英国ヒッピーバンドを再チェックしようかな Lindisfarne / Nicely Out of Tune


1971年頃からの洋楽ポップを中心に聴いてきて、「ロック」として意識的に聴き始めたのが1973年から。
中高生(つまりパンクまで)の頃は1枚のLPを必死に聴き込み、友人たちと手分けしてLPを買ってはみんなで貸し借りしながら必死に聴き込み、年上のお兄さん達からLPを借りては必死に聴き込んでいたけど、大学生になって経済的に余裕が出来てからはせっかく手に入れたレコードでも、ちょっと口に合わないなぁと思うとターンテーブルに乗せる機会が激減。

どっちの時代が幸せだったか良く判らないが、1枚のレコードを聴いた回数で言えば70年代モノの方が多いのは当然だね。

が、いっぱい聴いたつもりになっていても見逃している曲ってあるんだよねぇ。

昨夜、iPodのシャッフルで出てきた曲が Lindisfarne(リンディスファーン)の「We Can Swing Together」という曲。
LPからリップした曲だけど、たぶん聴いたのは20年振り位。
1970年のリンディスファーンの1stアルバム「 Nicely Out of Tune」のB面トップに入ってる曲で、みんなで夜通しスィングしようぜというパーティーソング。僅かな記憶を辿ればそうだったはず。

が、昨日先入観なしでよーく歌詞を聞いてみれば、これはパーティーはパーティーでもポットパーティーじゃない!
"Some were smoking 'Roll Your Owns' "なんて歌詞があるんだもの(笑
だからみんなで手をつないでヘラヘラしながら夜通し歌ってるワケだし、お巡りさんに踏み込まれて牢屋にぶち込まれても状況が理解できずに、みんなで手をつないでヘラヘラしながら夜通し歌うんだね(笑

そうかと、音の方もしっかり聴き直してみると、単にポットパーティーやってるんじゃなくて、みんなが集まった行きがかり上(?)そうなって、警察という判りやすく目に見える国家権力に対するプロテストなんだ、だからこの高揚感のある音なんだと分かってきた。まさに60年代の残香みたいなものをヘラヘラと歌ってたんですね。

いやぁ、ようやく、この曲を始めて聞いてからたぶん30年、すっかり誤解してました。そういう歌だったのか。
昔聴いたリンディスファーンのブートライブ(ゴメン)では、この曲を20分近く演奏していてなんじゃコレはと思ったのですが、あれも合点が行きました。ライブでジョイントをキメた60年代を通過してきた客を相手にこの曲を演奏すれば当然長くなるよね。たぶん歌詞通りにみんなで手をつないでヘラヘラしながら合唱しているんだろうなぁ。光景が目に浮かびます。

しかし、あーそうか。ボクより世代が上のお兄さん達はたぶん判って聴いてたんだなぁ。気が付かなかったボクが迂闊でした、未熟でした。30年も気が付かないなんてダメじゃん(笑

こんな風に古い歌の再発見とかもあるからロックを聴くのを止められないんだよなぁ。
60年代後半から70年代パンク前夜まで。リンディスファーンはヒッピーではないけど、でも60年代残香的ヒッピーバンドってもしかしたらこの手の歌の宝庫かもしれないと思えてきた。

2010/03/02

直球勝負「インビクタス」


クリント・イーストウッド監督の新作「インビクタス/負けざる者たち」を観てきました。

実は映画館で観るのはやめて、DVDが出てから家でじっくり観ようと思っていた映画です。
20世紀の尊敬する人を3人挙げよと問われたら、”マハトマ・ガンジーとマーチン・ルーサー・キングとネルソン・マンデラ”と即答するんですが、特にマンデラはその活動などをオンタイムで知っているだけに思い入れがあります。
それだけに、この「インビクタス」も予告編を観ただけで胸がいっぱいになってしまって、もし映画館で全編を観たら多分涙が止まらないだろう、それなら家でゆっくり観た方が。と考えていました。

で、今日3月1日、つまり映画の日なので何か映画でも観て帰ろうと六本木バージンへ行ったんですよ。
ところが天気は雨模様だし、最終上映の終わる時間が終電ギリギリ(ボクには関係ないですが)ということで、この「インビクタス」が予想以上に空いていまして、目出度く映画館で鑑賞。

そもそも1995年ラグビーワールドカップの南アフリカ大会で主催国である南アフリカが優勝したことも、それに先立ちアパルトヘイトが撤廃され、テロリストとして28年間も不当に投獄されていたネルソン・マンデラが大統領になったことも紛れない実話。
それをモーガン・フリーマンが映画化を企画し、クリント・イーストウッドの監督でこの映画が誕生したワケですが、なんといっても実話自体が20世紀で最も感動的なものなので、正直イーストウッドの出番なし。下手に演出する必要もなく、そのまま再現すれば良いワケですから。まぁそれは言い過ぎで、ラグビーの試合シーン、マンデラとラグビーチームのキャプテンであるフランソワ・ピナールとの禅問答シーンなど、イーストウッド映画の最良の部分もちゃんとあります。

映画は1990年、ネルソン・マンデラがポルスモア刑務所から解放され車列を組んで送られるシーンから。
こっち側では緑の芝生の上でラグビーの練習をする白人たち。あっち側には土のグラウンドでサッカーに興じる子どもたち。その真ん中の道路をネルソン・マンデラの車列が通過していくんだけど、まさに1990年の、アパルトヘイト撤廃前夜の南アフリカの状況を一発で表すシーン。もうこれだけでこの映画がどんな物語を描いたものかが判り、そこでもう涙腺が。

前半はいかにネルソン・マンデラが人心を掌握し、分裂しかかった国家の融合のシンボルとしてラグビーチームを位置づけていくか。
もうネルソン・マンデラについては語りたいことは山ほどあるし、もし本気でそれを映画にしたらとんでもなく長く退屈で素晴らしいものになるはず。それはイーストウッドも判っているので、ここでは敢えて描かず、あくまでラグビーワールドカップに絞っている。この取捨選択がさすがイーストウッドだと思う。
でも、この前半部が感動的で涙腺を刺激するシーンが多い。素晴らしい。

全部で2時間半の映画だが、後半1時間はワールドカップの試合。
アメリカ人であるイーストウッドにラグビーが描けるか不安はあったが問題ナシ。これほどラグビーの肉体性を描いた映画もなかったかもしれない。
マット・デイモンがキャプテンのフランソワ・ピナールを演じていて、最初はちょっと心細いキャプテンなんだけど、映画の中で徐々に自身のキャプテンとしての役割、南アフリカの歴史を作る上での役割に自覚的になっていく過程をものすごくよく演じていて、これもまた素晴らしい。
オールブラックスとの決勝戦の結果は・・・実話なのでみんな知ってるから書かない(笑

後半は普通にスポーツ根性映画なので涙腺は落ち着いていたが、エンドロールで当時の実写が出てくるとやはりもう涙が止まりませんでしたね。でも他の観客も普通に泣いていたので、これはいくら泣いても恥ずかしく無いです。
アパルトヘイトがなんだったのか、ネルソン・マンデラとは何者かを知っている人はこの映画を観て思い切り感動し泣いて構わないです。20世紀で最も感動的な物語の一つなんだから。
その後の南アフリカも決して平穏な歴史ではないし、アパルトヘイトの傷跡も決して癒えてはいないし、治安がどうのというネガティブな話もあるけど、そうシニカルに構えず素直に観たいですね。イーストウッドもまさに直球で勝負してきている訳だし。
なので映画としては至極真っ当に「普通」。派手なCGもアクションもセックスも暴力も死もなし。あるのは愛と憎悪だけ。でもエモーションはたっぷり。普通に素晴らしい映画でした。

この物語から15年、今年はラグビーより遥かに大規模なサッカーのワールドカップが南アフリカで開催されます。
残念ながらグループ運に恵まれず、南アフリカが決勝トーナメントに進出する可能性は低い(でも日本がベスト4に進出する可能性よりはずっと高い)のですが、でも南アフリカチームがどこまで頑張ってくれるか、密かに応援したいと思います。