2010/04/16

i was what i am ヤギヤスオ生前遺作展 を観てきました

イラストレーターでありアートディレクターでありビデオアーティストでありプロデューサーでありその他もろもろであり、そして偉大な水先案内人である八木 康夫(今はヤギヤスオ)の個展 ”i was what i am ヤギヤスオ生前遺作展” を観てきました。

”i was what i am” というフレーズはフランク・ザッパの「You Are What You Is」のもじり。「我こそはつまるところ己なり」という邦題の名付け親である八木さんに習えば「汝こそはつまるところお前なり」(笑

場所は南青山(骨董通り)のビリケン商會ギャラリー
期 間は4月18日(Sun)までの12:00〜19:00
小じんまりととしたギャラリーだけど、逆にヤギさんがお客さんと話している中身が筒抜け。思わぬ有名人が来廊していたりして、思わず耳がダンボになってしまう(笑


ギャリー前の路上ではなぜかアトム君が店案内。

ヤギヤスオさん自身はブログも始めているし、今回の個 展が始まった今週初めからTwitterも始めている。(@yagiyasuo)
実 はボクもTwitterでフォローして始めて今回の個展のことを知った次第。
木曜日から最終日まで、ギャラリーには毎日ヤギさんご自身が詰めてい る。白いあごヒゲを生やしているので、すぐにヤギさんさだと分かると思う。
もしかしたら店頭に用意した灰皿の前でタバコをふかすところに遭遇出来るかもしれない。

ギャラリー内には久保田麻琴やハリー細野、レゲやソウルのレコードジャケットあるいは雑誌などでお馴染みのイラストの原画がずらり。
これらは安いものでは2万円台からの値段が付いていた。

そして驚愕なのが、分厚いスクラップ6冊に及ぶ過去の作品集。イラスト、ポスター、雑誌記事、ライナーノーツ、広告、フライヤーなどなど。
見た事があるものないもの、読んだことがあるものないものなどとにかく大量。
空いていれば椅子と机を借りてゆっくり読むこともできる。(残り3日。もうそんな余裕もないかもしれないが)
ボクは木曜日の午後、2時間かけてスクラップブック全冊に目を通すことができた。
2時間も硬い椅子に座り、あの頃はああだったと思いを巡らし、え! ヤギさんはあの時既にと驚いたりでクタクタになってしまった。最後にヤギさんに声をかけられたが、もはや「ありがとうございました」という言葉しか出なかった。

いつの日か、もしもブライアン・フェリーに会うことがあったら、一言「ありがとう。今のボクがあるのはあなたのおかげです」と言うつもりだった。
意識的にロックを聴き始めた頃に最先端だったのがロクシー・ミュージックとブライアン・フェリーとイーノ。
中でもブライアンには過去のソウルやR&Bを教えてもらい、子供心には今ひとつピンと来なかったボブ・ディランの良さを教えてもらい、そして批評的に表現することが大事だということを教えてもらったと感じている。

今回八木康夫という人の仕事を振り返ったことで、ブライアン・フェリーに対してと同様「ありがとう。今のボクがあるのはあなたのおかげです」と感謝しなければならないと思ったからだ。

自分の音楽趣味のかなりの部分を占める、環太平洋〜カリブの音楽、具体的には沖縄〜ハワイ〜LA〜ソウル〜ブルース〜ニューオーリンズ〜テックスメックス〜ジャマイカ、そしてその先にあるであろうアフリカを意識するようになったのは、絶対に八木康夫の影響だと思うし、ザッパやビーフハートの凄さ素晴らしさを教えてくれたのも八木康夫(ただボクはザッパより絶対ビーフハートw)。
なかでも1970年代中頃(たぶん中学生頃だ)のニュー・ミュージック・マガジンに八木康夫が書いた僅か4ページ余りの文章は絶対忘れられないものだった。Twitterじゃないけど「今、何を聴いてる?」というような文章だったが、その中でザッパ、ミンガス、ビーフハート、ジョン・サイモンさらにはビクトル・ハラまで言及するもので、いったいどうしてそのような音楽を知り、まったくフラットに聴くことができるのかと驚嘆したものだ。

要するに、面白い人が面白いことをやっていると、面白い人が周りに集まり面白い情報が世界中から集まるんだなということが今になれば、つまり今の歳になればということだけど、分かるんだけど、それにしてもインターネットも何もなく日本が世界の田舎だった1970年代当時ではその「面白い人」と「面白いこと」のレベルがとんでもなく高かったのだろうなと思う。
逆にそのような人にとっては当時も今も”世界は狭い”し、そうでない普通の人にとっては当時も今も”世界は広くて知らないことばかり”ということだけど。

そして80年代以降、特に日本のニューウェーブ系ミュージシャンに関わる仕事が多くなる。
今の一般的な感覚ではウエストコースト(バンドとか)やレゲ、あるいはニューオーリンズの音楽とニューウェーブなんて全然関係ないと思われそうだが、当時の感覚としては至極当然。
意識的、先進的に音楽をやっていた人はパンク/NWの意味や歴史的意義も理解して対応してたし、だいたいパンクが出てくる前からパンクだった人ととか、ニューウェーブなんていう以前からニューウェーブな音を出していた人も沢山いたんだからw

それと今回膨大なスクラップブックに目を通して分かったのが、良く知るイラストレータや音楽の水先案内人としての八木康夫の他に、アートディレクター、ビデオアーティストあるいはイベントプロデューサーといったもう一つの表現者としての八木康夫。
正直「八木康夫」をアーテイストとして捉えて追いかけていた訳ではなかったので、どうしても気づきにくなったのかもしれない。
うーむ、せっかくこのような才能と同時代に生きながら勿体無かった。

ともあれ、今からでも遅くないので、残りの金土日の3日間、時間があれば躊躇なく、時間がなければ寝ている時間を削ってでもビリケンギャラリーへ出かけることをおススメしたい。


Twitterでも「僕たちはヤギヤスオの子供だ」って書いたけど、それは本当に嘘偽りのない気持ち。
彼の仕事を振り返ってみれば、70年代80年代からずっと続くあの感覚が、今のあれやこれやに繋がっているんだということがスゴくよく分かるし、21世紀がこれからどう変わっていくかのヒントが隠れているかもしれない。

以下、何枚か、イラストレーター・アートディレクターとしての八木康夫の代表作にしてミュージシャンの代表作でもある何枚かを紹介。
といっても説明不要だろうけどね。