サム・シェパードとロック

サム・シェパードが27日に亡くなっていた。

日本では映画俳優として(特にライト・スタッフのチャック・イェーガー役)、アメリカでは劇作家、脚本家そして俳優として有名だが、ロック業界との関わりも深い人でもある。

パティ・スミスとサム・シェパード

思いつくままに挙げると、まずはパティ・スミスの元彼として。
当時既に劇作家として名を挙げていたサム・シェパードと一時は同棲までしていたらしい。その後も友人としての付き合いが続いていて、パティの「Dream Of Life」にもサム・シェパードが出てくる。(下の映像の1分24秒あたり)



パティがThe New Yorkerに「My Buddy」という追悼文を発表しているので、こちらも一読されたい。

アングラバンドのドラマー

また60年台後半にはThe Holy Modal Roundersという、Fugsとも近いニューヨークのアングラカントリー/フォークバンドでドラムを担当していた。
このバンドはサム・シェパードが抜けた後に「イージーライダー」のサントラに曲が使われちょっと有名。「イージーライダー」でこの曲が流れるシーン。


最初の悲劇が起こる前、”自由”を象徴するシーンだが、背景が「パリ、テキサス」を思い起こさせるのがなんとも偶然。

ミケランジェト・アントニオーニと

ロックと直接と関係はないけど、サム・シェパードが脚本の一部を担当したのがアントニオーニの「砂丘」。これは音楽をピンク・フロイドが担当。

 
爆発するラストシーンとそこに被るフロイドの幻想的な音楽があまりに有名だが、たぶんサム・シェパードは無関係。

一貫した創作姿勢

80年代には「パリ、テキサス」と「フール・フォア・ラブ」という脚本家としての代表作が2作あり、特に前者は監督がヴィム・ヴェンダース、音楽がライ・クーダーという最高の組み合わせで、どれか一つが別の人だったらこのような映画にはならなかっただろうと思わせるハマり具合。

こうして「イージー・ライダー」、「砂丘」、「パリ・テキサス」、「アメリカ、家族のいる風景」と並べると、アメリカの原風景と"アメリカの悲喜劇"を探求するサム・シェパードの姿勢はずっと一貫していることが判る。

盟友ボブ・ディラン

同じようなことを70年代中頃、建国200年を前にロックを通じて探求しようとしていたのがボブ・ディラン。
サム・シェパードは映画の脚本を依頼されてツアーに同行までしている。

ディランとはこのツアーでさらに仲良くなったのか、ディランの「Knocked Out Loaded」には曲も提供。

まるでディランのオリジナルだと言われて違和感のない曲である。

単なる俳優としてではなく、パティ・スミス、ボブ・ディランなどロック界との交流も深く、また気づいていないだけでこれ以外にもサム・シェパードから影響を受けているミュージシャンも多いのだろうと思う。



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